誕生日占い 四柱推命
誕生日占い
四柱推命
 四柱推命は数ある運命学の中で、最も的中率の高い占術として定評がある。ただ人生の設計図と言われる命式を求めるだけでも難しく、 命式からその人の人生を読み取ろうにも、星の組み合わせが多い事から更に難しくなる。よって四柱推命を理解するためにはかなりの時間を要する事になる。

しかしここでは、なるべく簡単に理解できるように工夫したつもりだ。無料でそして自動で命式がつくれるサイトも用意した。

最初は慣れない言葉につまづき苦労があると思うが、先に進むにつれ自分自身で自分の運勢を理解できるようになる。 少し慣れれば家族や友達の運勢を占って上げる事ができるようになる。 自分でも気づかない性格や個性、子供の適職や結婚の時期、周りの人達との相性と対策、病気にかかりやすい時期など数多くの内容を 自分で占う事ができるようになるので期待して頂きたい。

はじめに

 人の生まれた年・月・日・時を干支に置きかえ、干支による四柱に基づき、その人の天命・運勢・人物等について、 知ろうとする運命学を四柱推命学または命理学と言っている。運命学の中でも特にその的中率の高さから、四柱推命学は運命学の帝王とも言われて来ました。

この四柱推命学という呼び名は、今の中国の前身である随や唐で使われていた名称ではなく、日本で名付けられたものである。 四柱推命学の元は、子平、子平命学、八字、先天八字、先辰八字、命理などと呼ばれている。これを四柱推命という名前で使用したのは、 推命家の松本義亮であったと言われている。近年、欧米でも四柱推命学が流行し始めているようであるが、英語では「Four Pillars of Destiny」(運命の四つの柱)と名付けられているようだ。

四柱推命の歴史

 四柱推命学の基本である干支は、紀元前の夏代~殷代(BC2050~1050頃)には、既に使用されていた事実が認められている。 人の生年月日の干支から、運命を占断する基を作ったのは、唐代の李虚中であるとされている。

その後呂大夫が受け継ぎ、 それから後の徐子平が、生まれ日を主として星を求めるようになり、李虚中が年月日で判断していたのに対して、時刻を加えて四柱八字とし、 今日の四柱による推命学の原型を完成させたようです。

そして、同じ宋代の徐升なる人物が徐子平の法を研究し、その成果を踏まえて『淵海子平』の書を著しました。この書が今日の四柱推命学の原典とされています。

日本で初めて四柱推命学に関する書籍が出版されたのは、江戸時代に入ってからで、長崎に留学していた仙台藩の儒学者桜田虎門が、 文政元年(1818)に推命書を著したのが、日本推命学の始まりされています。 その後、明治・大正・昭和期に、松本義亮、伊藤耕月、阿部泰山、高木乗、板井祖山、朝田啓郷等の多くの研究者が現れ今日の四柱推命学の基礎を築きました。

四柱推命 命式

令和時代 誕生日 2019年5月1日0時0分
四柱推命命式
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