納音
誕生日占い
納音
 納音とは、音の響きを含んでいると言う意味で、五種類の音が運命を示すと言われている。例えば、甲子と乙丑を「海中金」と言い、 丙寅と丁卯を「炉中火」と言う。海中金の金や炉中火の火は五行を表しており、六十干支表の納音五行と同じである。

納音は六十干支の甲子から二つずつを一組として五行に割り当てて、それぞれの特性を示す言葉を冠したものである。事物が変動する時に音が発生するところから来ている。 生日の納音を使って性格を読むために使ったり、生年の納音で、世代的な影響力を判断する時に使う。更に、納音五行から納音十二運を出して内面の性格を判断する方法もある。

海中金

甲子と乙丑を海中金という
 海中あるいは水中に沈んでいる砂金の意味である。即ち、深く秘められた才能があるのだが、 それを本人が自覚して海中から引き上げない限りは役に立たないと言う事を意味している。また、本人が本性を深く押し隠す姿でもあり、 寡黙、警戒心などのような性格として現れたりする。

炉中火

丙寅と丁卯を炉中火という
 炉の中に火がある意味である。魂の本質が火なので、その気性には激しいものがある。しかし、火山や落雷などとは違って炉の中の火なので、 それを絶妙にコントロールしている。鋭い知性や才能、向上心なども、現実の中でうまく活かされている。 ただ小さな火で満足しないように大きな理想を持つ必要がある。

大林木

戊辰と己巳を大林木という
 大いに樹木が繁茂している場所の木と言う意味である。よって木の性質が持つ絶妙なバランス感覚や天地の間に伸びて行く大いなる意気を 自らのものとして成功したりする。また森林には日の当たる場所と共に、日が指さないじめじめした所があるように、精神的な部分と即物的な部分とを持っている。

路傍土

庚午と辛未を路傍土という
 路傍の土、つまり人々が滞る事なく往来する場所の土と言う意味である。道の土が踏み固められて丈夫になっているように、 この性の人は意志が頑固である。仕事にも熱心で裏表がなく、真面目なので人の引き立てを受ける事ができ、出世もしやすい。 ただ事に当たって柔軟性に欠ける所があり、意識の切り替えが下手である。

剣鋒金

壬申と癸酉を剣鋒金という
 殺伐の働きを持つ剣、鋒(などの金属と言う意味である。よって自分の尺度で相手を切り捨てるような所がある。 もっとも、剣の鋭利な切れ味はその人の才能の切れを、その芸術的な美しさは、清廉な人柄、高貴さを表しており、 人間的に丸みが出てくれば素晴らしいものがある。

山頭火

甲戌と乙亥を山頭火という
 火山の煙たち燃える火の意味である。この人は火の魂を持っているので、ひときわ目だった存在となり、 また才知も人並み優れたものがある。ただこの火はあらゆるものを燃やし尽くした後、いささか燃え衰えて、微かに燃えるだけと言う意味もある。 よって火のコントロールには十分気を付けなければならない。

澗下水

丙子と丁丑を澗下水という
 岩の間から湧き出ている細い流れの水を澗と言うが、そうした水が集まって勢いよく流れ落ちている滝水の意味である。 よってその気性には激しいものがあり、人と対立しがちである。しかし、滝の水の素晴らしいパワーからもわかるように 、一旦目標を決めて努力する時、人並み優れた能力を発揮する。

城頭土

戊寅と己卯を城頭土という
 城頭とは城の辺と言う事で、陽気の盛んな広い土地の土と言う意味である。陽気が盛んなので、物事は発展し努力次第では かなりの成功を収める事が出来る。しかし本性が土である為に、いささか理想に乏しい所があり、しかも城の土と言う特殊な性格から、 他の者とは違うのだと言うプライドが強いところがある。

白鑞金

庚辰と辛巳を白鑞金という
 白鑞と言うのは、錫の精製されたもので、非常に柔らかなものであるため、箔の状態もしくはメッキの材料として用いられた。 したがって、金属と言う固いイメージがあるが、このタイプは臨機応変に事に対処することが出来、 人を立ててしかも自分も活かすと言う事も出来るのである。自分の持ち味に自信を持って生きる事が大切である。

楊柳木

壬午と癸未を楊柳木という
 楊、柳どちらも柳で、柳の木一般を指す。木の魂を持っている人は、どちらかと言うと覇気や向上心が旺盛なのだが、 「柳に風」のたとえ通り、この人は逆らわない所があり、素直さや従順さの徳が備わっている。自分の意志で人の先頭に立って、 何かを実行するよりは、いわゆる女房役で成功する人である。

泉中水

甲申と乙酉を泉中水という
 地中に水脈があって、日照りにあってもこんこんと湧き出るのが泉である。この人は、この水のように穏やかで心も澄み切っている。 しかし、大河や大海のような大きな度量は余り期待出来ない。権謀術策をめぐらして、社会の荒波を越えて行くタイプではないので、 自分の納得できる分野に専心する方が良いかもしれない。

屋上土

丙戌と丁亥を屋上土という
 家の上の土と言う意味で、屋根瓦の下に引く土のようなものである。この土は、熱に晒され、乾き切って生命を養う事の出来ない土なので、 土の魂の人に特有の愛情とか包容力に乏しく、物質的な面での成果は余り期待出来ない。逆に情より知的方面が発達し、精神的な分野に優れている。

霹靂火

戊子と己丑を霹靂火という
 霹靂とは雷の激しいもの、即ち雷火を意味する。火の魂なので明晰な頭脳を持っている。また霹靂の激しさは、 感情の起伏の激しさや運気の起伏の激しさとなって現れる。長期的な事では忍耐力に欠ける所もあるが、 短期的な事であれば、ものすごい集中力を持ってそれを成し遂げる。

松柏木

庚寅と辛卯を松柏木という
 百木の長と言われるのが松と柏である。共に常緑で風雪に耐え、長寿を保つ霊木として知られている。従ってこの木の魂の人は、 常に葉が色を変えないように、節操が固く、また自分の考えや信念を曲げない性格を持っている。その為周囲から浮いてしまう事もあるが、 付き合うに従いその良さが分かってもらえる。

長流水

壬辰と癸巳を長流水という
 大小の川を数十里も流れ行く水の意味である。川が多くの支流を集めて大河になるように、この水の魂を持つ人は、 多くの考えを持つ人々をまとめて仕事をしたり、小さい事にこだわらず寛容である。ただ大きな川は、時には氾濫を起こして人々を苦しめる。 人間的な幅はあるが癖もあり、思わぬ害悪を為すこともある。

沙中金

甲午と乙未を沙中金という
 砂の中に混じった金の意味である。従ってこの魂の人は、内部に素晴らしい才能を持っていながら、 それを活用する方法を知らない人であるという事になる。性格的には、引っ込み思案で内気ということである。せっかく良い素質を持っているので、 自分の力を信じて、積極的に万事に当たる事が運を開くポイントになる。

山下火

丙申と丁酉を山下火という
 山の麓で、大地から静かに燃え出ている火山の火である。見た目は物静かでも、一度爆発したらその勢いには凄まじいものがある。 一般には素晴らしい潜在力を持ちながらも、それを発揮する機会に恵まれていない事が多く、自分のエネルギーを噴出させる環境を見いだす事が、 充実した人生を送る為の最大のポイントである。

平地木

戊戌と己亥を平地木という
 平地に立っている木と言う意味である。平地と言うのは恵まれた環境であるが、田畑や道路などに用いられ、 樹木が大樹になる事を簡単に許される場所ではない。つまり、吉となる運気を持ちながら、今一つ自分の力を発揮出来ないところがある。 人を引きつける人柄の良さとその反面、覇気や向上心に欠けるところがある。

壁上土

庚子と辛丑を壁上土という
 壁に塗った土と言う意味である。人の用になる頑固な壁になった土なので、この魂の人は、不動の精神力を持ち、 他人の為に自らの事を顧みず尽くす、情の厚いタイプである。この人が運気を高める為のポイントは、心の潤いや余裕、柔軟性を持つ事である。 年を経て、乾燥しきってボロボロになった壁土になってはいけない。

金箔金

壬寅と癸卯を金箔金という
 薄く打ち伸ばした金箔の金の意味である。金箔は古来、薬の中に入れたり器などを飾る為に用いられて来た。 同じようにこの魂の人は、自己主張する事が少なく、一緒にいる人を輝かせる能力がある。人それぞれの持つ良さを引き出す力があるので、 どこでも重宝がられるが、自らが貴重な金である事を忘れてはいけない。

覆燈火

甲辰と乙巳を覆燈火という
 灯籠の火のように、まわりを覆われた火の意味である。従って大火のように遠くまで照らす事は出来ない。この魂の人は、 学問や芸術、技術などの独自の分野において才能を発揮し、その一帯を照らす光となって輝く事が出来る。ただ場合によっては、 外に大きく出て行こうとする積極性を持つ必要がある。

天河水

丙午と丁未を天河水という
 天河水とは、空から降って来る雨や雪の類いを意味する。こうしたものが、天地の間にあって万物を潤し養う働きを持つように、 この魂の人も、人の心を潤し、人の為に尽くし、どこでもなくてはならない存在となる。もっとも時には異常な降雨降雪が、 人々を振り回すように、気まぐれな行動や移り気なところがある

大駅土

戊申と己酉を大駅土という
 駅と言うのは昔、旅行者の為に馬や船を用意してあった所である。大駅と言うのはもっとも繁盛した所である。 従ってこの魂の人には、自分の周りの人や物品、財物を引きつける力がある。土の魂である為に、理想より現実を重んじるタイプではあるが、 なみなみならぬ豊かな包容力と、深い情愛を持っている。

釵釧金

庚戌と辛亥を釵釧金という
 釵釧金とは女性が髪に飾る簪を意味する。簪は女性の髪に挿して解け乱れないようにすると同時に、飾りとして用いられるものである。 従ってこの魂の人は、その場を明るく華やかにし、まとめあげる能力がある。ただ金の塊なので、外は華やいで情があるようにみえても、 心の底に冷たいものを持っている事が多い。

桑柘木

壬子と癸丑を桑柘木という
 桑はくわ、柘はくわ科を意味する。桑の葉は絹糸を取る蚕の餌となり、蚕を養う神木として尊崇されて来た。 また幹は家具の材料、根や皮は消炎や利尿の薬として使われるなど、人々の役に立って来た。つまり、人間社会にとって有用な人物と言うのが、 この魂の人である。苦労するほど、晩年になると運気が向上するタイプである。

大渓水

甲寅と乙卯を大渓水という
 山の谷間から湧き出で、水勢も強く水量も豊富になって流れる谷川の水を言う。この魂の人は、谷川の水が澄んでいるように心もきれいであるが、 大河のようなすべてを呑み込む度量は、余り期待できない。しかしこの水もいつかは洋々たる大河になる。着実に成果を積み上げ、 時間をかけてゆっくりと熟成して行くタイプである。

沙中土

丙辰と丁巳を沙中土という
 砂の中に混じった土という意味である。土と言うのは、微生物から動植物までをその内に蔵し、 また載せて、本来は万物を養い育てる徳がある。しかし砂地にはそれがない。この魂の人は、土が持っている包容力とか、 物事に対するの粘りに欠るが、その反面純粋で知的である。一つの事に打ち込んで成功する。

天上火

戊午と己未を天上火という
 天上の火とは天にある太陽の事である。太陽が天にあって仰ぎ見ない人がいないように、またその火勢が盛んであるように、 この魂の人は、行動力や活力、知性にひときわ目だったものがあり、また人から尊敬され人を引きつけるものがある。ただ、奢り高ぶりが過ぎて、 人の反目を買いやすいので注意しなければならない。

柘榴木

庚申と辛酉を柘榴木という
 ざくろの木と言う意味である。榴の木は秋になって実が熟するに当たって、皮はしわばむがその果肉は豊満となる。 外見は素朴で、内は充実したものの象徴が榴の実なのである。熟した果実のように物質的に恵まれ、一見取っ付きにくいところがあるが、 付き合うと良い面が分かると言うのがこのタイプである。

大海水

壬戌と癸亥を大海水という
 万川が流れ入ってもその姿を失わず、日照りになっても涸れる事もなく、大雨が降っても溢れる事がない と言うのが海である。この魂の人は、海のような包容力や情愛、豊かな感受性を持っている。いわゆる大物のタイプで、容易に底の見えないところがあり、 それが場合によっては、極度に用心され、反発をくらう事もある。